東大法学部在学中にUC Berkeleyに留学、卒業後は半官半民の投資銀行の総合職を経て、現在はNY在住――そんなプロフィールだけを聞くと、絵に描いたようなエリートコースを思い描きますが、それは多くの迷いと挫折、試行錯誤を経て、一歩ずつ自分らしさを見出していくプロセスでした。

(プロフィール)
大石あやかさん
NY在住・現地メーカー戦略マネージャー
宮城県出身。東京大学法学部在学中にUC Berkeleyに1年間の留学を経験。大学卒業後、半官半民の日系金融機関「日本政策投資銀行」に総合職で入社、海外企業のM&Aを担当。2年半勤務ののち、結婚を機にNYに移住。インベストメントバンクを経て、現在は現地のメーカーに務める傍ら、働く日本人女性のコミュニティ「Japan Women’s Network」の運営を担当。


宮城から東京、そしてアメリカへ。「人目より自分らしさ」を大切にするカルチャーに触れる


――将来は外務省を目指して法学部に入ったとのことですが、もともと海外志向があったのですか?
両親が旅行好きで、幼い頃から海外に慣れ親しんでいたのですが、中高時代には、外国語指導助手の先生に日本語を教えてあげたり、中学生の時、イギリスに1週間ホームステイをしたり、高校の修学旅行でカナダにホームステイしたりするなかで、海外への関心が高まったと思います。


ーーそして東京大学へ。学生生活はいかがでしたか?
もともと新しいことや刺激的なことが好きで積極的に行動していましたが、人目を気にし過ぎて苦しんでもいました。着飾って華やかな場に出たり、勉強でも就職先でもベストな結果を出さなきゃというプレッシャーを感じたり。全方位で優等生になろうとして息苦しさを感じていましたね。一方で、意外とみんな遊んでばっかりで、こんなことでいいのかな、という焦りもあって、2年の夏にUCLA(カリフォルニア大学ロサンジェルス校)のサマースクールに参加しました。そこで多様な価値観に触れたことで、帰国後も“誰かの目”とか“評価”から少し自由になって、女性のエンパワメント活動を行うなど、より主体的に行動するようになったと思います。


外務省への失望、就活の路線変更、そして全滅…。そんな時、目の前に「アメリカ長期留学」の切符が。


ーー大学4年目に1年間のアメリカ留学をしたのは、もっと海外を経験したいという思いだったのでしょうか?
そんなに格好いいストーリーではないんです。就活が始まって、外務省総合職員の方にOBOG訪問をしたんですが、いざお話を伺うと、労働時間もハードだし、思い描いていた世界とは違うようだと気づいて。それから改めて進路を見つめ直すと、自分が何をやりたいのか見えなくなったんです。とりあえず当時人気だった総合商社を5社ほど受けたのですが、なんと全滅。途方に暮れたその日、UC Berkeley(カリフォルニア大学バークレー校)の留学プログラムの応募期日が明日までだと知って、藁をもすがる思いで応募して留学が決まったんです。


ーー留学生活はいかがでしたか?
この経験は想像以上に私の価値観や生き方を変えてくれました。留学先で出会った人々は誰も人の目なんか気にせず確固たる自分の価値観を持っていて、それを基準に全てを選択していて、そこには優劣も何もないんです。こんな発想があるのか!と、開眼し、それまでの「内定した企業名がアイデンティティ」みたいな狭い価値観から自由になれましたね。その後の人生の選択も、この時の体験が軸になっていると思います。



新卒で入ったのは、総合職に女性一人の金融業界。ここで再びカルチャー・ショックが!


ーー帰国後は、日系企業に就職されたんですね。
一般企業を考えつつも、やはり公の仕事への夢も捨てきれず、半民半官の金融関連企業の総合職に就きました。これがなかなか大変で…。海外企業のM&Aを担当する部署に配属されたのですが、30人ほどのチームの中で、新卒も女性総合職員も私ひとり。上司となった3、4歳年上の男性に、最初の面談で「総合職として扱われたいか、女性の面も考慮して扱われたいのか、どちらかを選べ」と言われたんです。前者を選ぶしかないし、女性だからダメだと思われないようにひたすら頑張りました。でも総合職を選んだところで生理痛はあるし、終電過ぎまでの残業が普通という文化で、しんどかったですね。遠距離恋愛中の彼に電話で泣き言を言い、休日はひたすら体力の回復に充てる日々でした。


ーー周りに男性しかいない環境では、相談できる人も少なかったのでは?
男性総合職の人は、奥さんも子供もいながら仕事優先で家庭崩壊寸前なのを自慢しているような感じでしたし、女性の業務職の人ともそういう意味で信頼できる関係は築けませんでした。ただ、それでも上司に信頼される仕事がしたいと思っていましたし、ここで2年半働きましたが、アメリカ移住が決まってからも上司に慰留されて半年渡航を延ばしたほど認められたことは、結果的に自信につながりました。

仕事仲間が「ライフ」面での刺激を、コミュニティの仲間が「キャリア」面での刺激をくれた


ーー結婚を機に、ニューヨークへ移住されたんですね。ライフスタイルも大きく変わったのではないでしょうか。
アメリカに来て、最初はインベストメントバンクに就職したのですが、やはり金融業界は忙しいと感じ、現職であるメーカーの戦略マネージャー職に転職したました。ここでは女性が多く働いているのですが、驚いたのは、男女共に家庭優先のライフスタイルで、本当に9時5時で働くとうこと。時短勤務やリモートワークなどのフレキシブルな働き方も整っていて、子供の体調不良で11時に出勤する方もいて。これならもし自分が子供を持っても、長く働けるんじゃないかというイメージが描けました。


ーー今の職場が、「ワークライフバランス」の新しい価値観をくれたのですね。
もうひとつ、刺激をくれた場所があるんです。インベストメントバンクから現職に転職する間のブランク期間、自分が「ワイフ」でしかなくて、誰にもプロフェッショナルとして必要とされていないことに、アイデンティティの崩壊というか、精神的にかなり参ってしまっていました。その頃、NYで働く日本人女性のコミュニティ「Japan Women’s Network」の運営を手伝ってほしいと声がかかったんです。そこにはアメリカや日本を代表する企業の上層部の方や弁護士などが多く集まっていて、ライフよりキャリアを優先して走ってきた私と境遇や価値観の近い人たちと結びつきが生まれるのは嬉しかったし、彼女たちが高いキャリアを築きながら結婚や出産も叶えて頑張っている姿にも刺激を受けました。


ーー自分と似た価値観というのは、支えにもモチベーションにもなりますよね。
あるメガバンクの部長の女性は、世界を飛び回って重要な職務をこなしなしてきた実力者ながら、離婚や親御さんの死の経験を経て、自分の心身の健康を優先してキャリアを構築するという考え方を持っていて、あれほどの実力を持っている方でもそういう選択もあるのかと学びました。Japan Women’s Networkには、ライフを最優先した働き方をしている人もいます。職場とコミュニティの両方を通して、多様なキャリアとライフの在り方を知ることができました。


さまざまな人生のオプションから、「自分はどう生きたいのか」を真摯に問う


ーーさまざまなモデルケースの人々と触れて、大石さん自身の今の理想の働き方・生き方は?
来年2月に出産予定なので、それが新たな節目になるでしょうね。今は子供との幸せな家庭を築くことも、確かなキャリアを築くことも、どちらも大切にしたいという気持ち。さらにこの先、夫が仕事最優先にせざるを得ない時期も来るだろうし、私自身がそういう時期を迎えるかもしれません。そんな時もマインドセット次第でどんな選択も正解になりえると今ならわかるし、常にフレキシブルになれるオプションを持っていたいと思います。


ーー最後に、この記事を読んでいる女性の皆さんにメッセージを。
私自身は、日本にいると狭い価値観の中で評価を得ようとして苦しいことがありましたが、アメリカに出たことで解放されました。またアメリカでアイデンティティを持てずに孤独に陥った時も、コミュニティに参加したことで居場所ができ、新たな価値観に触れることができました。だから「こうでなくてはダメ」と道を決めつけるのではなく、思い切って場所を移したり、広げたりすることで、活路が見出せることもあると思います。もし今いる場所で行き詰まっているとしたら、そういう選択肢があなたの手の中にあるということを覚えていてください。

取材:(株) Clarity公式メンター 鈴木さくら、ライティング: 吉野ユリ子

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