※当連載は2019年にデンマークで働く3名に実施したインタビューを元に書き起こしています。

「世界一幸せな国」として知られる北欧の小国・デンマーク。男女平等で、ワークライフバランスがとれた理想的な社会として謳われるデンマークで実際に働く人々はどのような価値観を持ち、どのようにキャリアとライフを両立させているのでしょうか。代表古屋がデンマークを訪れ、3名の方に直接インタビューを行いました。
 
一人一人のキャリア・ヒストリーを深く辿る事で見えてきたのは、デンマーク流の働き方が日本とは程遠いものではなく、日本社会の延長線上にあり得る未来であるということでした。日本のアフターコロナ時代を幸せに生きる上でも参考となる考え方を「幸せの国・デンマークで働く男女3名のリアルに学ぶ、アフターコロナを幸せに生きるためのヒント」をテーマに連載でご紹介します。

三人目のゲストは、日本人のご両親のもと、デンマークで生まれ育つという珍しい経歴をお持ちの岡村彩さん。デンマークと日本のクリエイティブ業界を繋ぐAyanomimiという会社を経営されています。デンマークと日本の両者の状況・価値観を深く理解する彩さんの視点から、デンマーク流の考え方と、幸せな未来に向けて日本人が今できる事について、ご意見を伺ってきました。

 

肩肘を張らない、起業という選択肢

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ーー彩さんはどのような経緯で起業をされたのでしょうか?

「私は約10年前、デンマークでAyanomimiを立ち上げました。私はデンマークで生まれ育ちましたが、家では日本語をしゃべっていましたし、毎年親戚に会いに日本に行っていたので、『日本に帰る』という感覚も持っています。デンマークと日本は、私にとっては身近ですが、多くの人にとってはとても離れた国です。いつかこの大好きな2つ国の文化とマーケットを繋げるような事がしたいなぁ、と高校生の頃から漠然と思うようになりました。

もう一つ、父が家具のデザイナーをしている関係で、クリエイティブな業務をビジネスの観点から支援したいという想いもありました。父は23歳の時にデンマークのデザイン学校への留学を機に移住し、卒業後デンマーク人のクラスメイトと家具のデザイン事務所を立ち上げました。両親共にクリエイティブのバックグラウンドなので、家具・建築などのデザイン業界の方を家に招いて食卓を囲む機会が多い家庭でした。そこで業界の裏話を聞き、発想からビジネスが始まるクリエイティブ業界に魅力を感じた一方で、『なぜこんなにお金儲けが厳しいんだろう』とも感じて。クリエイティブな知的労働がもっと評価され報われるためには、マーケティングや営業などビジネスプロデュースの力が重要だと思ったんです。そのため私はデザインではなくビジネスを勉強しようと思い、コペンハーゲンビジネススクールで経営学を学びました。大学院卒業後に起業をしたのですが、今でも軸になっているのがデンマークと日本を繋げたいという事と、クリエイティブや目に見えない価値をビジネスに繋げる事、の2つです。」

ーー数ある選択肢の中から、起業という選択をされた理由は何ですか?

「私が起業をした2009年はデンマークでスタートアップ支援が始まった年で、タイミングとして恵まれていました。当時デンマークでは隣国の経済に左右されにくい経済基盤を作ろうと、国策として若手起業家を増やす方針が決まり、税金がスタートアップ支援に回るようになったんです。それまではシェアオフィスすらあまり無いような環境でしたが、私が大学院を卒業した時にインキュベーションオフィスができ、私はその一期生になりました。インキュベーションオフィスは起業を目指す若者と、若手起業家を応援したい会計士や弁護士とを繋げる役割を担っており、通常より安い値段で専門家の支援を受ける事ができました。それと同時に行政のデジタル化が一気に進み、誰でも15分で起業の事務手続きができるようになり、起業へのハードルも下がりました。

その後10年でインキュベーションオフィスは更に発展し、私がいたオフィスでは1年で平均200社が起業する規模になっています。もちろんその全てが成功する訳では無いですが、若いうちに起業をして自分で何かを起こす経験は、例え就職をしたとしても役に立つスキルとして注目されています。最近はEntrepreneurship(起業学)の授業を行う高校や大学も増えました。」

ーー彩さん自身も高校生の頃から起業を考えられていたんですか?

「はい、父が自分のデザイン事務所を持って好きなことを仕事にしているのを見てきましたし、なんとなくできそうだなという感覚はありました。ただ大学院卒業の時、周りはほとんどが就職活動をしていたので、就活フェアには行きました。そこで色々な企業のブースを回りましたが、そそられる企業が一個もなくて(笑)。一旦起業してみてダメだったら就職すれば良いかなという気持ちになりました。フェアの中で一つだけポツンと誰も立ち寄っていないブースがあって、そこがインキュベーションオフィスのブースだったんです。

そこで起業の後押しをしてくれる人たちに出会えたので、やってみようかなと。デンマークは日本と違って新卒として企業に就職しないといけないようなプレッシャーも無いですし、起業してみて苦しくなったらその時仕事を探そうという気持ちにもなりやすいと思います。経済的な事は心配でしたが、卒業後の1−2年はパートタイムでバイトをしつつ、のほほんと起業もして、できるところまでやってみようという感じでした。」

ーー福祉国家で生活が保証されているデンマークの人々は、何をモチベーションとして起業をするのでしょうか?

「デンマークではどの企業も社会貢献の意識を当たり前に持っていて、社会課題の解決を事業のコアとしているスタートアップが多いです。もちろん『儲けたい』という野心が無いと事業として成り立ちませんが、会社の仕組みや方針に関しては社会貢献の観点から考えるのが自然です。例えば私の起業家仲間は、Retap(https://retap.com)という会社で水道水を飲むためのボトルを販売していますが、少しでもペットボトルの使用量を減らして環境への負担を減らしたいという、社会起業家としての考えを持って事業を拡大しています。

もちろんエグジットを目標としているスタートアップもありますし、シリアルアントレプレナーとしてとして活躍している人もいますが、割合は少ないです。一人勝ちしたいという気持ちが芽生えにくい福祉国家では、良くも悪くもビル・ゲイツのような人は生まれにくいのだと思います。稼げば稼ぐほど税金を取られるので、そこそこ儲けるくらいが理にかなっていて、それがスタートアップでも1ヶ月平気で夏休みを取るような精神的な割り切りにも繋がっているのだと思います。

旅行や車など、自分の満足に必要な分だけ収入を得たら、後はワークライフバランスを保ちたいというのがデンマーク人の姿勢で、思いきりお金持ちになるというところには憧れません。経済的な面と文化的な面でバランスをとりながら、居心地の良い暮らし作りがしやすい環境なのだと思います。」

 

似た者同士による主張よりも、性別・年齢を超えて補い合える仕組み作り

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ーーデンマークは男女平等が進んでいると聞きます。男女の差についてはどう思われますか?

「デンマークも昔から男女平等な社会だったわけではなく、1970年代頃から女性の社会進出に関する政治活動が本格的に始まり、数十年かけて賃金や職種の平等が実現しています。今でも起業家や管理職に占める女性の割合は低いですが、50:50にする事だけが全てでもありませんし、あるべき姿に関してはこれからも議論していく必要があります。産休・育休については母親・父親合計で約1年間分、有休で取得する権利が与えられます。男性は最低2週間の育児休暇取得する権利があり、その後は母親が先でも父親が先でも、二人一緒に取る形でも良く、自分達にあった取り方を選べる仕組みになっています。また、育休を取った後仕事に復帰しないというケースは稀です。皆自分のプロフェッションを保ちたいですし、働きたがります。

また、私は女性だからと言う事で注目されたことはありません。起業したての頃は女性起業家の集まりに誘われたこともありますが、違和感を感じました。同じ価値観を持つ女性だけで集まるより、性別・年代を超えて互いに補い合うエコシステムを作ることが、結果として女性が働きやすい環境に繋がると思っています。また、ロールモデルが存在する時、その人の魅力は性別だけでも年齢だけでも無いですよね。性別に着目すること自体が性差別の存在を強調する事にもなりますし、そこは時代が追い付いてくると良いなと思います。」

ーー日本では起業家の世界も男性社会で、飲みにケーションの場で投資話が進んだり、ピッチで優勝した暁には女性のコンパニオンが並べられるなどという話も聞きます。

「それは異常な世界ですね。ただ、そのようなマインドセットを持つ人たちに対して男女平等を説いてもまず理解が難しいでしょうし、その状況に違和感を持つ人たちで新しい土壌を築き上げるしかないのかもしれません。単に男女平等を唱えるだけでは無く、女性起業家であっても利益を出し経済的にも成果を出せば投資家も批判する要素が無くなり、逆に応援しないと損するみたいな雰囲気を作っていけると思います。そうなれば理解が無い人でも『良いよね』と言い出すのではないでしょうか。」

 

個人の状況に柔軟に合わせられるストレスの無い環境づくりこそ、会社・国のためになる

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ーーデンマークの方が職を選ぶ際に重視するポイントは何でしょうか?

「育児休暇や労働時間は国の制度で決まっているため、内容・給料・場所・人という軸で選ぶという点は他の国と変わりません。雇う側の意見としては、予期せぬ事があっても自分で判断して柔軟に対応する力が大事だと思います。業界を横断して役に立つ能力があれば、業界を変える人も、行政と民間を跨いで転職する人も多いです。国としては500万人という限られた国民が適材適所に働ける仕組みを作っていかないといけないので、余計な参入障壁を作っている場合では無いのです。

また、デンマークでは医療費が国の負担になるので、皆が健康で楽しくやりたい仕事に就いて生産性を上げることが、福祉国家を支える源泉になります。ストレスの無い環境づくりの裏には、福祉国家としての合理的な理由があるのです。そのため、国がデータを元に労働環境を改善するためのメソッドを開発して、それを企業に提供してアドバイスをしたり、労働環境が適切に保たれているかの管理も行っています。」

ーー日本では子育てをしない/参加しない人たちが重役について夜遅くまで働いて会社を回す仕組みがあり、定時に帰る事に後ろめたさを感じる文化があります。

「何のために働くのか?という根本的な問いを改めて行ってみると良さそうです。会社のために働くという場合でも、ずっと会社にいる事が会社のためになるかというとそうではありません。今は時代の転換期で、リモートでできる事も増えていますし、効率的な進め方そのものが変わってきています。本当に会社のためを思うのだったらずっと会社にいない方が良いという雰囲気をトップが作っていかないと、従業員は会社に遅くまで残る事が正義だという、勘違いした意思表示をし続けるでしょう。」

ーー今後日本とデンマークで、どのような連携をしていくべきだと思いますか?

「デンマークの事例を日本に紹介すると、日本の状況とのギャップが大きすぎて、『どこか遠くの国の話』と処理されてしまう事が多いのも事実です。過去デンマークにヒントを得て、帰国後に素晴らしい取り組みを始めている日本企業も増えているので、日本でも皆さんに繋がって頂き、日本の状況にあった具体的な実践例に踏み込んで共有し合う事も重要だと思っています。

また、漠然と『ヒントが欲しい』とデンマーク視察に来られる日本企業も多いですが、その企業の課題によって価値のある情報は全く異なります。私はただの視察で終わらせず、長期的に連携しあえるような場を作りたいと思っているため、事前にヒアリングした課題に合わせてご紹介先を選び、現地の時間が充実したものになるよう努めています。

一方で、日本の外から見ているからこそ気づく日本の特徴をお伝えする事も重要だと思っています。例えば日本には100年以上続く老舗が多いですが、このような老舗の数は世界で日本がトップです。継続して真面目に取り組む力は、紛れもない日本の強さです。また、日本では必要以上に働いても給料が安いなどの話がありますが、美味しい食べ物が安く手に入ったりしますよね。デンマークの条件は良く見えるかもしれませんが、物価は日本よりはるかに高いです(平均的なデンマークの物価は日本の約2-3倍)。賃金は物価と連動するので、消費者として安すぎる・便利すぎるというところに甘えすぎていては、給料が上がらないのも当然です。

お互いに国内にいると気がつきにくい点を共有し合い、物事をシンプルに考えて新しいライフスタイルを築きあげていくお手伝いができたら良いなと思っています。」

デンマークに移住した日本人デザイナーのご家庭というユニークな境遇で抱いた疑問・課題に対し、ぶれる事なくまっすぐに取り組まれてきた彩さん。文化や歴史が複雑に絡んだテーマに対しても、シンプルかつ本質に迫ったご意見を頂き、起業家ならではの凄みと使命感を感じました。デンマークはどこか遠くの別世界であると捉えて思考を停止しがちですが、デンマークでも僅か数十年前には男女差別も根強く残っており、比較的短時間で大きな変化を遂げてきた事が分かります。デンマークのモデルを日本にコピーする事は難しくても、彩さんのように自ら感じた違和感・気づきに対して一歩を踏み出す事は可能です。デンマークから日本の特徴について学び、身の回りでできることに落とし込んでいく事が、日本の近い未来にしあわせな変化をもたらすのではないでしょうか。

【連載】幸せの国・デンマークで働く男女3名のリアルに学ぶ、アフターコロナを幸せに生きるためのヒント: