※当連載は2019年にデンマークで働く3名に実施したインタビューを元に書き起こしています。
「世界一幸せな国」として知られる北欧の小国・デンマーク。男女平等で、ワークライフバランスがとれた理想的な社会として謳われるデンマークで実際に働く人々はどのような価値観を持ち、どのようにキャリアとライフを両立させているのでしょうか。代表古屋がデンマークを訪れ、3名の方に直接インタビューを行いました。
一人一人のキャリア・ヒストリーを深く辿る事で見えてきたのは、デンマーク流の働き方が日本とは程遠いものではなく、日本社会の延長線上にあり得る未来であるということでした。日本のアフターコロナ時代を幸せに生きる上でも参考となる考え方を「幸せの国・デンマークで働く男女3名のリアルに学ぶ、アフターコロナを幸せに生きるためのヒント」をテーマに連載でご紹介します。
お一人目のゲストは、成人したお二人のお子さんを持ち、30年程前から子育てとマネジメントキャリアを両立させてきたデンマーク人のアンネさん。男女平等ランキングで世界をリードするデンマークでも、数十年前と今では女性の働く環境が大きく異なっていたそうです。デンマークで働く人々が抱える悩みや価値観、ワークライフバランスの取り方について、率直なご意見を伺ってきました。
実はこんなにある!ビジネス拠点としてのデンマークの魅力
ーーアンネさんが勤めているコペンハーゲン・キャパシティとは、どのような組織なのでしょうか?
「コペンハーゲン・キャパシティは、ビジネスのハブとしてのコペンハーゲンの地位を高めるため、外国企業をコペンハーゲンに誘致したり、コペンハーゲンで働く外国人を増やす支援をしています。政府の基金で成り立っており、ベンチャーキャピタルのように企業に投資をして利益を回収する事業モデルではありません。コペンハーゲンには、柔軟な労働時間、高い人材能力、男女の平等、高い給与水準、治安の良さなど、周囲のヨーロッパ都市と比較しても十分に訴求できる魅力的な側面があります。これらをきちんと伝えるのが我々の仕事です。ここ数年は海外人材の獲得にも力を入れており、デンマークのワークライフバランスに関する統計やインタビュー記事、デンマークでの生活の仕方などをまとめたウェルカム・キットを制作し、外国企業へ提供したりもしています。」
ーーデンマークに進出する日本企業のイメージがあまり湧かないのですが、どの国の企業を支援する場合が多いのでしょうか?
「日本企業も実は多いです。ここ数年でも、NECがデンマーク最大のIT企業KMDを買収したり、富士フィルムがデンマークの医薬品メーカーを買収したり、三菱重工業がデンマーク最大の風車を製造するVestasとのパートナシップを締結するなどの動きを見せています。私達は買収の支援はしませんが、買収後にきちんとデンマークでビジネスが継続できるように支援をしています。買収以外のケースだと、ユニクロが最近コペンハーゲンにできましたよ!私達は特定の業界に特化をして支援をしているわけではありませんが、デンマークは特にライフサイエンスやIT、環境系の事業が比較的強いです。第一三共という日本の製薬会社も最近コペンハーゲンに北欧の本社を構えました。」
ーー人口580万人の比較的小さな国・デンマークに、外国企業はなぜ進出するのでしょうか?
「おっしゃる通り、デンマークの市場獲得だけを狙ってデンマークに進出する企業は少ないです。市場拡大を目指すケースでは、デンマークを北欧全域の中心拠点と位置付ける場合が多いです。またデンマークの市場の小ささを生かして、ヨーロッパ全域展開前のテスト市場として活用頂く事もあります。もしくは、ライフサイエンスやエネルギーなど我々が強い分野における資産を目的に買収が行われるケースもあります。」
ーーデンマークのスタートアップ市場はどうでしょうか?
「この4-5年、コペンハーゲンのスタートアップ市場ではフィンテックがとても盛んで、ロンドンと競り合っています。ライフサイエンスやヘルステックの分野も強いですし、環境に配慮したクリーンテックも成長しています。デンマークは2050年まで、首都コペンハーゲンは2025年までにCO2の排出・吸収量をプラスマイナスゼロにするという目標を掲げていますが、これもクリーンテックの成長に大きく寄与していると思います。」
生活が保障されたとしても、人はより良い人生を求め、バランスの取り方に苦心する
ーー社会保障が充実しているデンマークにおいては、働かなくとも国から生活手当が支払われると聞きます。人々が働くモチベーションは何なのでしょうか?
「社会保障が充実していると言っても、給料が平等なわけではありません。最低賃金で働くブルーカラーの職に就く人々にとっては、働かなくとも同等の手当が国からもらえるという事が起こり得ます。でももしホワイトカラーの職に就く人が会社を辞めたら、受け取る金額は今の1/3程度に減ります。仕事を辞めても家賃くらいは払えるかもしれませんが、必要最低限の生活を送る事になると思います。国からもらえる手当は、長く生活するために十分な金額ではありません。給与は依然として仕事を続ける大きな動機になっています。」
ーー医療も教育も無償で提供されるデンマークでは、競争意識が他の国と比較して低いと聞いたことがあります。
「競争意識は低い・高いと白黒はっきりつけられるものではありません。生活がある程度保証されていても、人々は仕事にやりがいを求めますし、社会に対して変化をもたらしたいと思っています。堕落的な生活を送りたいと思っている人より、良い人生を送りたいと思っている人がほとんどです。特に若い世代には、影響のある仕事に就いて、懸命に働き、お金も稼ぎたいという勢いが強く見られます。一方、デンマークの多くの人は余暇の時間を犠牲にするような働き方はしません。ジムに行く時間や、友人に会う時間も大切です。そういう意味では、他の国の人々に比べて働かない・競争意識が低いと言えるのかもしれませんが。」
ーー現在のデンマークの若い世代にとっての課題は何だと思いますか?
「現在の若い世代は、男性も女性も同じようにワークライフバランスの取り方に悩んでいると思います。キャリアも追求したいし、子供も欲しいし、ジムにも通いたいし、友人とも遊びたい。やりたい事のバランスをとりながら、良い親でいるにはどうしたら良いのか。これらはどんな環境でも議論になる大きな課題です。デンマークの人達だって、当然ストレスを抱えます。家に帰る時間は早くても、子供達を寝かしつけた後、夜10時頃からまた仕事をする事もあります。デンマークの人々がいつもロマンチックな生活をしている訳ではありませんよ(笑)。皆大変な中で、自分にあったやり方を見つけていく必要があるんです。私の同僚の男性は毎朝7時に来て、午後3時には家に帰って子供と時間を過ごしていますが、これも一つのやり方です。」
ここ数十年で急激に変化した、女性の社会進出
ーー話は変わりますが、デンマークの女性はどのように働いていますか?
「現在デンマークでは女性の75%が働いています。デンマークの労働時間は通常午前8時から午後4時までです。父親か母親が朝7:30頃に子供達を保育園に預け、夕方4:30pmにお迎えに行き、夕方以降は夕食を作ったり、子供達をフットボールに連れて行ったり、ジムに行ったりする時間を取るというのが一般的です。デンマークでは終電が無くなるまでオフィスに残っているというような事はありません。仕事のしやすい働き方を柔軟に選択できますし、モチベーション高く効率的に働く人が多いです。働く女性が多いとは言え、CEOやマネジメントにおける女性の割合はまだ低く、課題ですね。」
ーーアンネさんはキャリアをスタートされた頃と今で、女性の働き方に変化はありますか?
「私はコペンハーゲン・ビジネススクールを出ていますが、その頃女性の生徒は私一人だけでした。当時毎年インターンを採用しているIT企業があって、私はその企業で初めての女性のインターンとして採用されました。その後正社員となり、数年後にプロモーションもしました。それまでの一般的な女性の働き方とは異なるキャリアを歩みましたが、私の世代から女性の働き方が大きく変化したのだと思います。今の職場であるコペンハーゲン・キャパシティの男女比は50:50で、Techチームに至っては60%が女性です。」
ーーこの数十年で急激な変化があったのですね。
「そうですね。でも私達はまだ女性が企業の重役に就くのを特別な事であると意識させられています。NECが最近買収したデンマーク企業のCEOは女性ですが、CEOが女性であるという事が話題になりましたし、2019年に誕生した女性のデンマーク首相についても、女性である事自体が大きく取り上げられました。男性・女性が平等なのであれば、本来性別は関係無いはずです。つまり、女性が重役に就く事がまだ普通ではないという事を示しているのです。もちろん年々改善はされています。昔は女性のCEOが誕生したら、『お子さんとの時間はどうされるんですか?』なんて質問が飛んでいましたが、最近は無くなってきました。男女が平等なら、男性のCEOにも女性のCEOにも同じ質問をするべきです。」
ーー日本では依然として女性差別発言が横行しており、女性が反発すれば「女性は感情的だから困る」と返されてしまう事すらあります。どうしたら日本の状況も変わっていけると思いますか?
「デンマークではそんな返しは言語道断です。差別的な発言を受けたと感じたら、きちんとそれを相手に伝えるべきですし、伝えられた方は真摯に受け止め言動を見直すべきです。海外の女性がどのような価値観を持ち、どのように働いているか、積極的に伝えるメディアも有用なのでは無いでしょうか。本当に変わるには数世代かかるかもしれませんが、小さな事でも始める事が重要です。高学歴の女性が、ワークライフバランスの重要性をといてデモをしたって良いですし。誰かが変えてくれるのを待つんじゃなくて、あなた達から始めてみてください。だって高学歴の女性がただ家庭にいるだけなんて、日本の経済にも悪影響ですよ。社会全体にとって勿体無い話です。デンマークには女王がいますが、彼女が即位して既に50年程経ちます。女性にも王位が継承できるように王位継承法が改正されたのが1953年で、彼女は初めての女王です。私達には、社会の上層部にも強いロールモデルがいるのです。私が若い頃に憧れを抱いていた人・憧れの仕事をしている人も、皆女性でした。でもロールモデルの有無に関わらず、本当に何かを変えたい気持ちがあって、ある程度頭を使えれば、やりたい事は何だってできると思いますよ。」
ビジネスの第一線で活躍する女性がまだ少ない時代から、自分を信じ、女性の新しい生き方を築いてこられたアンネさん。Equal Measures 2030のレポートによると、2019年におけるデンマークの男女平等ランキングは世界で堂々の1位を誇ります。今回のアンネさんのお話では、ランキングからは計り知れないデンマークの女性の社会進出の変化と課題について伺うことができました。
でもアンネさんにしてみたら「女性の」なんて性別で括られる事すら不本意なのかもしれません。社会から押し付けられる括りに囚われたところで、変化は何も生まれません。前例が無ければなおさら、自分と向き合い、自分の言葉で提案し、作り出していく感覚を大切にするべきなのだと、パイオニアの精神に触れ改めて考えさせられたインタビューでした。
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